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[其它资料] [原创][翻译]宪法第九条集会演讲 战争与动画电影 高畑勲

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发表于 2010-8-14 10:18:32 |显示全部楼层
本帖最后由 亚壬 于 2010-8-14 16:18 编辑

2004.11.24 电影人的宪法九条集会/ 纪念演讲
[战争与动画电影]
演讲人 高畑 勲(动画电影导演/集会召集人)

翻译:eleven63

编辑注释:亚壬

所有翻译均为动画爱好者交流所用

版权归原作者及所属媒体所有

翻译部分未经允许请勿转载




     我相信在座的各位都是绝对拥护宪法第九条,并坚信要向世界揭示我们崇高的理想的人们。而且也是担忧现状,尤其是自伊拉克撤兵后,急切地盼望减少武器输出维护和平宪法并以此为宗旨为国际做出自己的贡献的人们。同样也是把和平的愿望放进自己制作的电影里的人们。
     在这样的大家以及各位前辈面前,在这么重要的集会上,能让我我进行发言真是十分不好意思,因为今天上映的是动画电影,那就请允许我对战争和动画电影发表一下我的看法。

·战时的动画电影
     动画电影可以简单地给动物赋予寓意。
     1957年,刚起步的东映动画受驻泰美国大使馆的委托制作了《哈努曼的新冒险》。第二年,又制作了同样是他们委托的露骨::反::共::描写的作品《熊和孩子们》。大塚康生曾以原画师身份被迫参加制作这部电影,根据他的描述,里面有带有影射的内容。代表苏联的大熊,把很容易同中国联系起来的发髻少女以及穿着代表泰国,菲律宾,印度尼西亚,缅甸民族衣服的孩子们一个一个吃掉。也许谁也不知道,但日本的漫画电影也支持过美国的冷战。
     第二次世界大战中,纳粹德国曾经同样拍过用动物来作比喻,向周边国家作过分宣传的动画电影。NHK好像在12年前放映过其中一部作品。我想纳粹在得到他们希望的宣传结果之前就已经彻底败北了。
     法国也是同样,因为二战中很快就战败,所以之后一直处于德国占领下。那些没有流亡海外留在国内的电影人拍摄了诸如《夜间来客》《天堂的孩子们》等著名写实电影。表达了即使被剥夺人身*::自:*:由::*也不能失去精神*::自:*:由::*的精神,鼓舞了被占区的人们。贝特朗·塔维涅导演的《通行证》就表达了那些不屈的人们的精神。
     动画电影的情况又如何呢。实际上,有意思的是因为不能引进美国制作的卡通片,相反却为法国国产动画开辟了道路。保罗·古里莫在战后创作了《小小士兵》和《斜眼的暴君》,也就是现在的《国王与小鸟》,还制作了控诉战争,武器以及新殖democracy义的短篇。但是这位法国的著名动画作家,在这个占领时代倾力创作了许多短篇动画。然而,内容跟战争没有任何关系。
     美国的迪斯尼在战争期间曾创作过多部丑化日本的短篇,当然在日本是没有公映。有趣的是,1942-1945年间华纳和MGM的工作人员曾为军中的士兵创作了《列兵斯纳夫》(Private Snafu)系列滑稽动画电影。其中是以名叫斯纳夫的滑稽士兵为主人公,一直在做搞笑的事情,完全是以好笑为主题。这个应该可以给我们作为反面教材。查克·琼斯等当时美国动画的代表人物都参与了制作,现在看起来还是很有意思。当时法兰克·卡普拉是大校,军队电影部门的负责人,可以在这方面看出美国的这方面的绰绰有余。
     然后,是日本。在战时包括大藤奖的命名者大藤信郎在内的电影人创作了数部鼓动战争的电影。战后被美军没收后自主销毁,反正现在是看不到了。

·桃太郎 大海神兵
     各位看过的《桃太郎 大海神兵》也是被美军没收的,但后来在松竹的仓库发现,引起大家的关注,最后被影视中心收藏。手塚治虫先生在孩提时代看过此片后非常激动,立志要从事动画电影工作。这部电影也是1942年制作的《桃太郎的海鹫》的续篇,这两部都是应海军省的要求创作的。
     内容我想各位都知道了。虽然是鼓动战争的影片,但在1945年上映的时候赶上东京大空袭,而且各地的空袭不断,因此虽然能鼓动人们,但是很不理想地没有上映。

·技术水平的高度
     虽然影片内容都是以后再接触到的,但是还是惊讶于这部作品技术水品的高超。实际上,当时的工作人员几乎都已被征兵,都是在相当短的期间内培养的新人担当绘画任务。导演是濑尾光世,培养新人的任务则交给了担任演出和绘画工作的政岗三宪。政岗先生1942年创作了《蜘蛛和郁金香》,可以称得上是日本动画电影之父。我曾经怀着无比崇敬的心情拜见过他一次。无论是动画电影技术的理论方面,还是将其具体化的实际操作方面,政岗先生都已经将系统确立了起来,因此可以担当培养新人的任务。《桃太郎 大海神兵》是日本第一部长篇动画电影,但是在其中积累的经验和技术却在战后没有被传承。试想,如果没有战争,日本动画电影的技术会不只今日的程度,也不无可能。

·年轻人的看法
     1984年此片在影视中心第一次上映的时候,很多年轻人蜂拥而来,因此不得不增加上映次数。看见他们因为那些幽默的语言而露出的单纯的笑脸,不禁想到,莫非他们对背后的事情一无所知吗?这之后在杂志中有年轻人对话的机会,答案果真如我所想。
     他们不知道此片的背景是在印度尼西亚,也不知道印尼是荷兰的殖民地,当然也不知道::大::东::亚::共::荣::圈::的实际情况。那也许是没办法的事。他们虽然知道那些动物不只是动物,而是代表了亚洲各地的人民,但是却没有注意到他们是被日军奴役被迫学日语还要表现的轻松又快乐这样的事情,反而说他们是自己本身就生活得很快乐。那些年轻人谁也没有考虑过印尼的人民如果看到了这些会怎么想。因此他们看到了那些和平的景象和对军队善良的描写,不禁会想在那个时代,我们都是描述了自己想要的和平吧。有位大学生说,作家应该是想在这部电影里传达出自己并没有感到日本的侵略行为的想法吧。在大家交流后,总结出了有良知的人却要不得不去做那样的事情,应该很痛苦的结论。不管怎么说,当时的人虽然不赞成战争,但是被逼迫违心地参与了战争,那时的年轻人现在应该40几岁了。

·关于反战动画电影
     话说回来,为了向孩子们传达反对战争维护和平愿望的电影也有很多。这也是日本动画电影的一大特征。在这里也许有制作这样电影的同僚,我的《萤火虫之墓》就是其中之一。其中大部分都是描写了战争后期的悲惨生活,希望传达不希望再体会那样悲惨的生活也不想过那样生活的心情。我希望这部影片会有一定的效果。
     但是我在创作这部作品之前乃至现在都觉得这部电影并没有传达出真正的反战理念。战争到底有多么悲惨,即使不用回顾过去也能通过电视新闻亲眼看到。但是,我们却没有在战争的开始就清醒地意识到这是个悲惨的事情。就像越南战争之于美国。这次的伊拉克战争也是这样。
     我们现在应该考虑的最大问题难道不是战争怎样开始的问题吗?如果我们能尽力在不发动战争的情况下发展各国合作,努力维护国际间的和平,那才是真正的反战。

·希望主人公获胜
     有这样一种观念,现在只有“能使人流泪”的电影才会大热。不是伤心的哭泣,也不是觉得可怜的哭泣,希望能感动而流泪。“落泪了”就是对一部电影褒奖。因此,创作者早就了解观影者希望主人公一切顺利的意愿。技巧高超的创作者,会利用高水准的现实感巧妙地引导观影者不注意影片的逻辑性而成功地到达大团圆结局。于是,大家一次又一次的哭泣,无条件的支持主人公,心情愉悦地期待被感动,根本不去考虑不应该这么顺利。觉醒的知性和理性在感动面前变得无力。
     如果日本卷入战争,那么就会同60年前一样,大部分日本人都会希望作为主人公的日本获胜。就像在奥运会上为金牌加油一样,怀着那种激动的心情希望日本在世界中获胜,为日本能成为大国而加油。
     现在我们不是要了解战争末期的悲惨,而是要知道开战时的想法。在战争初期大部分有认识的人会抱有怀疑,但一旦开战,就会只剩希望日本胜利的想法,开始协助当政者完成这个愿望。包括很多名人在内,大家的知性和理性都失去了作用,只剩下希望日本获胜的想法。会给自己找传播虚假的信息,被欺骗,或者没有反对意念的借口。然后就是祭祀,甚至觉得胜利的消息就是最重要的。我在国民学校四年级的时候遭遇了空袭,听到了广播播放。因为开战当时还小,所以不能说完全明白。但是至少在太平洋战争开始的时候,大多数人心里还是支持战争的。那时的日中战争也是那样。那时的战胜旗队列和提灯队列绝对不是强制的。大家都是高兴地参加的,也就是说非常的支持.然后就是沉浸在朦胧的感动中,大家都觉得对于亚洲其他国家有一种优越感。那时候反对战争的少数人已经是身陷牢房。

·不制止
     但是,战争不是电影,进行得顺不顺利不是靠愿望的强弱而是靠冷峻的现实决定的。跟电影巧妙的手法不同,无能的当政者不能让现实顺利的进行,却要狡猾地继续输。结果,却让国民面对死亡,原子弹爆炸,空袭,海外遣返,扣押等悲惨的现实。
     狡猾地说不能停止。不采取制止的动作。那些有另外的意见希望能转换方向的少数派都在牢狱中。“大和魂”“只要出击就会胜利”“一亿个火团”“本土决战”“神风吹起”这些当时吹嘘的话现在看起来难道不觉得都充满荒谬吗。都是支持着当政者那些非理性的谎言。“非国民”这话不只是特务们使用的语言。普通的人们也会说,“你那样还是日本人吗?日本可以输吗?日本难道不该希望胜利吗?胆小鬼!”。被问到“日本输了好吗?”有勇气说出“输了也好,最好投降”的人少之又少。
     从战时到现在已是非常遥远,或者说有很大差别。但是现在大家也是埋没了理性。看着电影,满足于顺利的情节,留着感动的泪水。这种精神状态岂不是与战争前期的相同?但是,现实与电影不同,不能停止。非常可能深陷其中。在8月的奥运棒球比赛中,日本队输球的那一刻代表民意的广播员绝望的喊着:“绝对不能输阿!”可是那绝望的喊叫后,日本队却一败涂地。这样子的播音不管是在日本还是在外国都不能算是称职。
     有阻止这样子的我们的方法吗?有无法埋没知性和理性的方法吗?

只有宪法第九条才能防止
     防止这种情况的根本理念就是宪法第九条。
     那是高高扬起的理想主义大旗,如今的日本现实与它还是有很大的差距。但是,只因为有了第九条战后的日本才可以不只从属于美国而且还不用卷入战争,而且没有陷入与过去侵略过的国家的紧张关系中。这点,希望大家能真切地认识到。还有,正因为这个理想与现实的相悖,大多数人才不得不继续保持知性。没有比因为理想和现实的相悖却想通过抛弃理想来解决更愚蠢的事情,如果排除了这个最好的防止方法,那么剩下的就是危险地面对最差的现实主义。跟如今最差的美国相比,日本人制止罪恶的能力更差。democracy意识,容忍不同意见的度量,或者认同异己的度量,这些都没有,在历史上排除异己采取国民集体主义的日本人难道不比美国还要恶劣吗?非常遗憾的是,集团主义的我们不会采取防止措施反而会圆滑地过下去。虽然觉得年轻人不会这样,但是发现事实全然不是那样。
     第九条到底会有多大的可能性会被废除?希望那些企图整合宪法与现实,追求宪法与现实相匹配的人们千万要好好的考虑一下,同宫泽喜一前首相一样,提出真正理性的意见。
     不管怎么说,现在难道不是支持宪法第九条,用它的精神作为外交法则真正为国际社会作贡献的时刻吗?
     谢谢大家。

【注释】
日本宪法第九条:又称和平宪法。内容包括放弃战争、不维持武力、不拥有宣战权。是《日本宪法》的二章的核心精神。
大塚康生:おおつか やすお(1931年7月11日 - ,日本动画家)
东映动画:成立于1948年,是日本老牌动画制作公司之一。
哈努曼的新冒险:ハヌマンの新しい冒険(1957年10月14日完成、短編映画、東映製作)
熊和孩子们:熊と子供たち(1959年10月20日完成、短編PR用映画、非公開)
夜间来客:Visiteurs du soir (les) (1942年,导演:马塞尔·卡尔内;编剧:雅克·普莱卫;主演:阿尔莱蒂)
天堂的孩子们:Enfants du paradis (les) (1945年,导演:马塞尔·卡尔内;编剧:雅克·普莱卫;主演:阿尔莱蒂)
贝特朗·塔维涅:Bertrand Tavernier(生于1941年,法国著名导演)
通行证:Laissez-passer (2002年,导演:贝特朗·塔维涅,法国长篇彩色电影)
保罗·古里莫:Paul Grimault(1905年3月23日 - 1994年3月29日,法国动画导演,对高畑醺和宫崎骏产生过重要影响)
小小士兵:Le Petit soldat(1947年,导演:保罗·古里莫,法国彩色短篇动画)
国王与小鸟:Le Roi et l'oiseau(1980年,导演:保罗·古里莫,法国彩色长篇动画)
列兵斯纳夫:Private Snafu(1943年-1946年,导演:查克·琼斯,美国系列动画)
查克·琼斯:Charles Martin "Chuck" Jones(1912年9月21日 - 2002年2月22日,美国动画导演,脚本家,漫画家,制片人)
法兰克·卡普拉:Frank Russell Capra(1897年5月18日-1991年9月3日,意大利裔美国导演)
大藤信郎:おおふじ のぶろう(1900年6月1日 - 1961年7月28日,本名大藤信七郎,日本动画导演)
桃太郎 大海神兵:桃太郎 海の神兵(1945年,演出・脚本・撮影:瀬尾光世,日本长篇黑白动画)
桃太郎的海鹫:桃太郎の海鷲(1943年,演出・撮影:瀬尾光世,日本短篇黑白动画)
瀬尾 光世:せおみつよ(1911年9月26日 -,日本动画作家 )
蜘蛛与郁金香:くもとちゅうりっぷ(1943年,演出・脚本・撮影:政岡憲三,日本黑白短篇动画)
政岡 憲三:まさおか けんぞう(1898年10月5日 - 1988年11月23日,日本动画作家,导演,演出家)

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发表于 2010-8-14 10:23:38 |显示全部楼层
本帖最后由 亚壬 于 2010-8-14 10:32 编辑

原文出处:高畑 勲「戦争とアニメ映画」講演録


「戦争とアニメ映画」




                                                                                     高畑 勲 (アニメーション映画監督/結成呼びかけ人)


 ここにお集まりの皆様は、おそらく全員、憲法第九条という、世界に向かって掲げた素晴らしい理想の旗を絶対に降ろすべきでない、と確信していらっしゃる方々だと思います。そして現状を憂え、イラクからの自衛隊の撤兵はもちろん、いかなる武器も輸出せず、平和憲法を維持し、その精神による、真の意味での国際協力と国際貢献を発展させることを切望しておられる方々だと思います。平和への切実な願いを込めた映画製作を着実におこなってこられた方々もいらっしゃいます。
 そういう皆様方、諸先輩方をさしおいて、この大事な集会でお話させて頂くことなど、まことに僭越至極ですが、今日上映されたのが漫画映画ですので、すこし戦争とアニメについて知っていることをお話させて頂きます。

戦時中のアニメ
 アニメーション映画は、単純で、動物などを使って寓意を込めることができます。
 1957年、発足したばかりの東映動画では『ハヌマンの新しい冒険』という、タイのアメリカ大使館から発注された作品を作ります。そして翌年には、同じアメリカ大使館からの発注で『熊と子供たち』という露骨な::反::共::映画が作られました。原画をやらなければならなかった大塚康生さんによれば、「ソ連をあらわす大きなクマが、中国とはっきりわかるおさげ髪の少女や、タイ、フィリピン、インドネシア、それにビルマをあらわす民族衣装を着た子供たちをつぎつぎと食ってしまう」という内容だったそうです。誰も知らないところで、日本の漫画映画もアメリカの「冷たい戦争」に協力していたわけです。
 第二次大戦中、ナチスドイツでは、そういう動物を使った露骨な宣伝漫画映画を、周辺国向けに作ろうと努力したようです。そのいきさつや作品の一部が、12年前でしたか、NHKで放映されました。たしか、充分な成果を上げる前に敗北を迎えてしまったのだったと思います。
 フランスはどうかと言いますと、第二次大戦ではすぐに負けてしまいましたので、以後ドイツ占領下に置かれます。実写映画では、亡命せずにフランスにとどまった映画人たちが、『悪魔が夜来る』『天井棧敷の人々』など、たとえ*::自:*:由::*を奪われていても、精神の*::自:*:由::*だけは絶対に失わない、という心意気や誇りを示して、占領下のフランス人を励ましたことが有名です。タヴェルニエ監督の『レッセ・パッセ』では、当時の気骨ある映画人たちの姿が描かれています。
 アニメはどうだったでしょうか。じつは、アメリカ製のカーツーンが入って来なくなったことで、かえって国産の道が拓けた、という面白い事実があります。ポール・グリモーは、戦後に名作『小さな兵士』や『やぶにらみの暴君』、現在の『王と鳥』です、あるいは戦争や武器や新植民地主義を告発する短い作品を作った、フランスを代表するアニメーション作家ですが、この占領時代に短編アニメを数本作り、その間に実力をつけていったのです。むろん、内容は戦争とは何の関係もないものです。
 アメリカでは、戦時中、ディズニーも、かなり露骨に日本をバカにした短編を何本か作ったはずです。日本ではむろん公開されていません。面白いのは、軍務についている者たちのためだけに、「プライヴェート・スナフー」という滑稽アニメが、1942年から1945年まで、ワーナーやMGMのスタッフでかなりの本数作られたことです。スナフーという名のダメな兵隊が主人公で、ヘマばかりやる、という内容で、「面白くてためになるアニメ」というのが狙いでした。それを反面教師にしろ、ということなのでしょう。チャック・ジョーンズなど、アメリカアニメを代表するような作り手がそれにたずさわっていて、いま見てもなかなか面白く出来ています。当時、あのフランク・キャプラが大佐で、軍の映画部の責任者でした。アメリカはここでも余裕を見せています。
 で、日本。日本では戦時中、あの大藤賞の大藤信郎氏によるものをふくめ、何本かの戦争協力アニメが作られたはずです。戦後米軍に没収されたか自主的に廃棄したか、とにかくいまそれらを見ることはできないと思います。

『桃太郎・海の神兵』
 ご覧頂いた『桃太郎・海の神兵』も、アメリカに没収されたと思っていたのが松竹の倉庫で発見されて、話題になり、フィルムセンターに収められたものです。手塚治虫さんが子供の時見て感激し、アニメを志すきっかけになった、という点でも名高い作品です。これは1942年に作られた『桃太郎の海鷲』の続編で、どちらも海軍省の発注です。
 内容についてはご覧のとおりです。戦意昂揚映画のはずでしたが、出来上がったのが1945年で、東京大空襲はじめ、各地が空襲にさらされていた時期ですから、人々を励ますどころか、ろくに公開もされないまま終わってしまったのでした。

技術水準の高さ
 内容についてはあとで触れますが、この作品の技術水準の高さに驚かれたかもしれません。しかしじつは、アニメーターはほとんどがすでに徴兵され、ごく短期間で養成した新人たちがこの作品の作画を担当したのだそうです。監督は瀬尾光世氏ですが、新人を養成したのは、影絵シーンの演出と作画を担当した政岡憲三氏です。政岡さんは、1942年、名作『くもとちゅうりっぷ』を作った方で、日本漫画映画の父、と言われています。私は一度お会いしたことがあり、心から尊敬しています。アニメーション技術の理論面でも、それを具体化する方法論でも、政岡さんはじつにしっかりしたものをすでに確立しておられました。だから即席の新人養成もできたのだと思います。『桃太郎・海の神兵』は日本初の長編漫画映画です。しかし、そこでの経験や達成された技術は、戦後のどさくさもあって、私たちにストレートに受けつがれていったわけではありませんでした。もし、戦争がなかったら、日本のアニメーション映画はどのように発展していったのか、いろんなことを考えさせられます。

若者はどう見たか
 1984年、これがフィルムセンターではじめて上映されたとき、多くの若いアニメファンが押しかけました。そのために、上映回数を増やしたくらいでした。そしてギャグのところでは無邪気に笑って見ていました。私は、ひょっとしたら、この青年たちは何もわかっていないんじゃないか、とぞっとして、あとである雑誌にそういう青年たちと話し合う機会を作ってもらいました。やはり予想は的中しました。
 舞台がインドネシアだということも、インドネシアがオランダの植民地だったことも知らない。大::東::亜::共::栄::圏の実態も知らない。まあそれは仕方がないのかもしれません。しかし動物たちが動物ではなくて、アジアのどこかの人々だということは分かったのに、日本軍のために働かせたり、日本語を教えたりするシーンも、ミュージカルで「明るく楽しく」描いているからあまり気にならなかった、自分も楽しんだ、って言うのです。インドネシアの人が見たらどう思うだろう、などということは、誰も考えませんでした。それから、平和な情景や兵隊さんのやさしい心が描かれているのを見て、「こういう時代だからこそ、自分の描きたい平和とかを書きたくて作ったんじゃないか」と思ったそうです。ある大学生は「作り手のそんな気持が伝わってきたからこそ、この映画をどういう目的で作ったとか、日本の侵略とかいうものを、自分はほとんど感じなかったのだと思う」と言いました。いろいろ話し合って事情が少し分かってからは、「心ある人がこういう映画を作らざるをえなかったとしたら、つらかったと思う」というような意見が出ました。どうも、あの戦争に、当時の人は賛成していなかったのだ、強制されて、心ならずも戦争に協力したんだ、と思い込んでいるらしいのです。そのときの青年たちは今ではもう40数歳になっているはずです。

反戦アニメについて
 ところで、戦争反対と平和を願う気持ちを子どもたちにもってもらおう、という狙いで作られたアニメは、かなりの本数あります。これは日本のアニメーション映画の大きな特徴のひとつです。ここにもそういうものを作った方がいらっしゃるかもしれませんし、私の『火垂るの墓』などもそういう1本と見なされているのかもしれません。その多くは、戦争末期の悲惨な体験を描きながら、もうあんなみじめな思いや経験はしたくない、させたくない、というかたちで反戦気分を共有させようとします。それは一定の成果を挙げていると思います。
 しかし私は、『火垂るの墓』を作る前も、今も、真の意味で反戦ということで言うならば、こういう映画は真の「反戦」たりえない、というか、たいして有効ではない、と思い続けてきました。戦争がどんなに悲惨かは、過去のことを振り返るまでもなく、現在、日々のテレビのニュースでも目撃できます。しかし、どの戦争も、始めるときには悲惨なことになると覚悟して始めるのではありません。アメリカにとってのヴェトナム戦争のように。今度のイラク戦争だってそうです。
 私たちみんなが考えなければならない最大の問題は、戦争を始めるまでのことなのではないでしょうか。戦争をしないで済むように国際協力を発展させ、国際間の問題を平和的に解決するための知恵と努力を持続すること、それに全力を尽くすこと、それこそが真の「反戦」だと思います。

主人公を勝たせたい
 話がそれるようですが、いまは「泣ける」映画しか大ヒットしません。悲しくて泣くのでも、可哀想で泣くのでもなく、みんな感動して泣きたがる。「泣けた」というのが映画への褒め言葉です。ですから、作り手は、主人公にうまくいってほしいとそれだけを観客が願うようにもっていければ、もうしめたものです。腕のいい作り手は、リアリティのある高い水準の映像の力で、巧みに観客を引きずり回したあげく、どうしてそんなにうまくいくのかわからないまま、上手に話を運んで大団円にもちこみます。すると、みんな何度も何度も泣いてくれます。ひたすら主人公を応援して、きもちよく感動したがっているのですから。そんなうまくいくわけがない、ということなど考えたくもないらしいのです。目覚めた知性や理性はその「感動」の前には無力です。
 もし日本が、テロ戦争とやらをふくめ、戦争に巻き込まれたならば、60年前の戦時中同様、大半の人が日本という主人公に勝ってほしいとしか願わなくなるのではないかと心配です。そして気持ちよく感動しようとして、オリンピックでメダルを取るのを応援するように、日本が世界の中で勝つのを、普通の大国として振舞うのを、みんな応援するのではないか。
 いま、戦争末期の悲惨さではなく、あの戦争の開戦時を思い出す必要があると思います。それまで懐疑的だった人々も大多数の知識人も、戦争が始まってしまった以上、あとは日本が勝つことを願うしかないじゃないか、とこぞって為政者に協力しはじめたことをです。有名人をふくめ、ほとんどの人が知性や理性を眠らせてしまい、日本に勝ってほしいとしか願わなくなっていたのです。ウソの情報を与えられて、だまされていたんだ、あるいは反対できる雰囲気ではなかったんだ、と言い訳することもできますが、それは後の祭りですし、勝ちいくさの時の情報はおおむね正しかったでしょう。私は国民学校4年生で空襲に遭い、玉音放送を聞きました。開戦当時は小さかったですから、よく分かっているとは言いませんが、少なくとも太平洋戦争を始めた頃、大多数の人々は心から戦争を支持したのだと思っています。それまでの日中戦争もそうです。あの頃の戦勝旗行列・提灯行列は、決して強制されたからやったのではなくて、みんな喜んで参加したのです。つまり大々的に応援したのです。そして酔ったように感動したのです。アジアの人々に対する優越感を国民が共有していたのです。そして戦争に反対した少数の人々は、すでに牢屋にぶち込まれていました。

歯止めがかからない
 でも、戦争は映画ではないから、うまくいくかうまくいかないかは、それを応援する願望の強さによって決まるのではなく、冷厳な現実によって決まります。そして映画の巧みな作り手とちがい、無能な為政者は、うまくもっていってくれるどころか、ずるずると負け続け、やめることもできず、結局、国民を玉砕・原爆・空襲・引揚げ・抑留などの悲惨な現実に直面させたのでした。
 やめることもできなくて、ずるずる。歯止めのかけようがなかったのです。別の意見をもっていて、方向転換を打ち出せたかもしれない少数派は牢屋の中でした。大和魂・撃ちてしやまむ・一億火の玉だ、本土決戦、神風が吹く。今からみればばかばかしいとしか思えませんが、ただただ日本に勝ってほしいという、みんなの中にあった単純な願望が、為政者のそんな非理性的な世迷い言を支えていたのです。「非国民」というのも、特高が使うだけの言葉ではありませんでした。普通の人々が、「お前、それでも日本人か。日本が負けてもいいのか。日本が勝つことを望んでいないのか。卑怯者!」という意味で、弱音を吐く連中を「非国民」と決めつけたりしていたのです。「負けてもいいのか」と詰問されて、「負けてもいい、いや、はやく降伏したほうがいいのだ」と勇気をもって言える人はほとんどいませんでした。
 あの戦時中とこれからと、どこが違うでしょうか。むろん大きく違います。しかしいまみんな、理性を眠らせて、映画を見ながらうまくいくことだけを願い、それが満たされて、感動の涙を流しています。このような精神状態は、まったく戦時中の前半とよく似ているような気がするのです。で、現実は映画とちがうから、やめることもできなくて、ずるずる。深みにはまる可能性がたいへん高いのではないでしょうか。8月のオリンピックの野球で、日本代表の負けがほぼ決定的になったとき、みんなの願望を代表して、アナウンサーは絶叫しました。「ここで絶対負けるわけにはいきません!」 そしてその絶叫の直後、負けが決まりました。こういうアナウンスも、すごく日本的で、どこの外国でも同じ、というわけではありません。
 この情けない私たちに歯止めをかけるすべはあるのでしょうか。知性や理性を眠らせないですむ方法はあるのでしょうか。

憲法第9条こそが歯止め
 そのための根本理念が、憲法第9条なのではないかと私は思います。
 あの高く掲げられた理想主義の旗。それと、これまでの日本の現実の歩みとのギャップはたしかにたいへん大きなものがあります。しかし、第9条があったからこそ、戦後の日本はアメリカに従属していたにもかかわらず戦争に巻き込まれないで済んだし、また、過去に侵略したアジアの国々との関係で過度の緊張が生まれなかったのだ、という事実を、しっかり認識し直すべきだと思います。また、この理想と現実の相剋があるからこそ、多くの人々の知性は目覚め続けざるをえなかったし、ずるずるいかないための大きな歯止めになってきたのではないでしょうか。理想と現実の相剋を理想を捨て去ることによって解決しようとすることほど愚かなことはありません。この大きな歯止めをはずせば、あとはただ最低の現実主義で悪い方へずるずるいく危険性がまことに高いと思います。歯止めをかける能力は、今のひどい、最低のアメリカよりも、日本国民はさらにもっと低いのではないか。democracy主義、意見の違いを許す度量、あるいは人と違うことをする人間を認める度量、そのどれをとっても、歴史的に異分子を排除する、全員一致主義をとってきた日本の方が、アメリカよりずっと劣っているのではないでしょうか。集団主義をとってきた私たちは、残念ながら、歯止めがかからなくて、ずるずる行きやすい体質をもっているのです。若い人たちは違うと思いたいのですが、どうも全然変わっていないとしか思えません。
 第9条がなくなったらどうなる可能性が高いのか、それを、憲法と現実との整合性を求め、現実に合わせるべきだと思っている人々にも、絶対に考えてもらいたいと思い、宮沢喜一元首相と同じくらい、かなり生ぬるい意見を述べました。
 ともかく、いまこそ憲法第9条を高く掲げ、その精神にのっとった外交と真の国際貢献・国際協力をすすめるべきときではないでしょうか。
 ありがとうございました。(拍手)
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画馆翻译组

红孩子,呆了

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发表于 2010-8-14 11:15:32 |显示全部楼层
世界和平是最高的理想追求。
想一掌PIA飞自己
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稻草人

~神木~

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发表于 2010-8-14 12:43:42 |显示全部楼层
我眼花
哈尔最靓仔了
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亚克路

A Nello

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发表于 2010-8-14 13:35:25 |显示全部楼层
话说,很小的时候看过华纳公司的几部关于太平洋战争的动画片(Rabbit Bug Series),现在看来一只兔子就可以对付一支日本海军陆战队的故事真是滑稽透顶

看到“宪法”这个词,真是感觉话题严肃。
第九宪法不怕被废除,而怕被误读,被别人玩文字游戏。
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发表于 2010-8-14 14:11:07 |显示全部楼层
看完这篇文章,想说的话太多了,但是涉及太多zhengzhi观点就不便表达了。
战争虽然也是一种艺术,但是其他艺术为战争所用的话就会变得不再纯粹。
但是我在创作这部作品之前乃至现在都觉得这部电影并没有传达出真正的反战理念。
作为艺术家的这种无力感我们通过他的片子已经能感受得到,但是即便这样,艺术家依然拥有自己的祖国,于是会有
希望主人公获胜
这种想法。但是即便如此,他依然希望第九条宪法依然像达摩克利斯之剑一样能够警醒没有真正经历过战争的人们。
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发表于 2010-8-14 14:25:23 |显示全部楼层
只希望战争能见鬼去!!!
光在逐渐被黑暗吞噬,影子开始哀鸣起来
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发表于 2010-8-14 17:34:28 |显示全部楼层
老实说,看完后心情很不平静……
只是想到幽灵公主中莫纳(那只大狼是叫这个吧)说的“无知的人类”……
大多数的人被诱导着,而真正有良知的人却开不了口……
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发表于 2010-8-14 17:43:34 |显示全部楼层
诶……好像是猪神说的来着……“愚かな人间”——愚昧的人类
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阿丽埃蒂绘画大赛荣誉勋章

发表于 2010-8-15 14:53:15 |显示全部楼层
真心希望一切都能真真正正地结束在65年前的今天。
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发表于 2013-2-17 19:42:01 |显示全部楼层
刚才看了原文出处,虽然不能全看懂,但还是被震撼了。热爱和平的人果然是全世界都有啊……真希望他们的力量最后能胜利
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